第1章 EQUALマスター奥津氏との出会い (プロローグ)
僕は僧侶の資格をもちながら、会社員をして普通に暮らしています。
名前を大原歳明(おおはらとしあき)といいます。
49日前に、インターネットで調べものをしていたところ、奈良県桜井市の三輪山の中腹にEQUALというバーがあるというのですが、不況で会社も休みが多く暇を持て余していた僕は26歳の誕生日を前に、人知れず有名なその店に行ってみることにしました。
ホームページに書いてあるところによると、絶世の美人が働いているといいます。
岩手県から1000kmに渡る旅なので、僕は気晴らしを兼ねて、乗っていた76年式のマルーン色のフォードリンカーン7600ccを売り、97年式の銀色と緑の三菱のパジェロのディーゼル2800ccを購入しました。
三菱のパジェロは、ジープタイプで乗っていて安全ですが、走行中に出る煤が多いことはサイドミラーからも確認できました。たまたま信号待ちで横断歩道を歩く幼稚園児たちや乳児を抱いた若い夫婦を見ては、この煤は人体に良くないのでエンジンの改善が必要だと強く感じました。
国立がんセンターの研究によれば、ディーゼル車の煤塵は肺がんの原因であるといわれています。
追突事故で首をやられている僕には、安全な車に乗ることは必須の条件ですが、さらに事故で被害にあっているからこそ、世の中に対して自分も迷惑をかけてはいけないことを思っていました。
そこで僕は、岐阜県の高山で環境エコロジー運動をやっているコミュニティー会社「イルカの協奏曲」の篠田奏俊という40歳の友人から、自動車を走らせたときに出る人体に有害な排気ガスを90%カットし、さらに燃費を30%向上させる製品「楽煙」をすでに買っていたので、それをすぐさま三菱パジェロのエンジンに搭載しました。
マフラーの排気口の前に真新しい白い布を垂れ掛け、エンジンを噴かして見ると、最初のうちは、エンジン内に溜まっていた煤が勢いとともに出てきました。
しばらくエンジンを回し続けていると、灰色がかった排気が透明になりました。
それで僕はまた新たに布を交換して、そのまま小一時間様子を見ました。
終わって二つの布を比べてみると、一つは真っ黒で煤特有の匂いがしますが、後につけた布は汚れが無く白いままで匂いも無く、水で湿っていました。水がでるということは完全燃焼をしている証拠です。
数ある有害物質を100%に近い完全燃焼によってその発生根本から絶ちます、という製品のうたい文句が本物であることを確信し、その後の100kmの走行テストで燃費も35%ほど善くなったことを確認した僕は、いよいよバーEQUALの絶世の美人を見に行こうと思い、インターネットで情報を得てから一ヵ月後の朝、明けの明星の輝くころに、ひた東北道を南へ向かったのです。
途中、仙台あたりで震度5の強い地震に見舞われたのですが、難儀には至りませんでした。震度5だというのはFMラジオの速報で確認できました。
奈良県に着いたのは次の日の深夜2時でした。
東名阪を天理というところで降り、ルート169号を南へ下れば、途中で天理教本部や、石上神宮、崇神天皇陵などの看板がありました。
そうして走る事10分ぐらいで三輪明神と書いた灯篭に30mほどの大きな鳥居が道路左わきにありました。
僕はインターネットからプリントアウトしてきた地図を手に、その鳥居を通らないで次の十字路を左へ折れて行きました。すると今度は三輪駅という一見寂びれた味わいのあるJRの駅につき、その駅を前にして右へ道なりに行きました。すぐにまた十字路になって地図の通りに左へ曲がって、真っ直ぐ三輪小学校がある脇の坂を300m程上がっていきました。
三輪に着いたら道なりに右左右と覚えていたので迷うこともなく、すんなりと目的地のほうへ向かいました。
ところが、どんつきると、そこには滝があり、あたり一面真っ暗でした。ほんとうにこんな寂れたところにバーEQUALはあるのだろうか、お目当ての美人はいるのだろうかと半信半疑で地図をたよりに自分の足元を小さな電灯で照らしながら山の小路を上がっていったのです。
しばらく、汗をかくほど歩いていくと、そこにはバーというよりは龍宮城か、というような風格のある赤い門があり、その先には豪華な宮殿造りの和様建築に辿り着きました。建物は虹色の光でライトアップされ、建物の柱やらは朱色が栄えて、僕はその絢爛豪華さに「さすがは奈良。」と感激しました。
僕は、その中央のそれらしき建物のドアをノックしました。
「トントン」
しばらくして、「どうぞ、お入りください。」と奥のほうから男性の声がしました。
僕は建物の中に足を踏み入れました。
すると、50歳ぐらいの髭を生やした紳士が、花瓶かなにかを左手に持ってお店中央のカウンターに立っておられました。
「え、美人はどこにいるのですか。」
僕は、その紳士に聞きました。
紳士は、「あはは、あなたも騙されたんですね。インターネットのサイトを見ておそらくあなたも来られたのでしょう。」と、ニコニコしながら言われました。
「確かに、当店には選りすぐりのバニーガールやバドガールが毎週3日だけ働いています。」と、いうとマスターは拍手を3回たたきました。
すると、お色気ムンムンのバニーガールとバドガールが「いらっしゃいませ。」と挨拶しながら奥の部屋から出て来ました。
しかし、この女性たちは確かに若くて綺麗ではあるのですが、絶世の美人というには失礼ながら今ひとつ物足りなく感じました。
僕は、マスターに尋ねました。「例の美人の情報を流しているのはマスターですか。」すると、マスターは「この店の激烈なファンが客寄せのために美人が居るというデマを長い間流し続けているのです。」と、またニコニコしながら答えるもので、僕は怒る気も無くなって、とにかくもう、疲れた体を休めるようにカウンターの机に、だらっと、うつ伏せになりました。
「騙されるほうも騙されるほうです、ここの店に絶世の美人が居ると思い込んで、今はただ不在なだけだと誰もが信じて疑わないのですから。」
陽気な口調で答えるその紳士はバーEQUALのマスターで奥津さんといわれます。50歳の巳歳だそうです。
あんまりの僕のがっかりぶりに大笑いしたマスターは、ポケットから、くしゃくしゃになった一見汚れた鼻紙を出して、鼻を咬みました。
「ヘクション。」
咬み終わった紙をまたポケットに仕舞い込み、次にまた何かくるんだ汚れた紙を出してきました。
僕はマスターがマジックでも始めるのかと思いましたが、そうではなくて紙を開いたら金縁の腕時計が出てきました。
何か、見せてくれるのかなと期待した僕は、延々と、その後夜が明けるまでの間、マスターの話を聞くこととなるのです。
日本の歴代の天皇や将軍をはじめ、数え切れない人の肖像画が飾られているミステリアスなそのお店の中で、マスターは僕に向かって話しを始めました。
まず、腕時計をテーブルの上に置かれました。
「これはまた珍しいロレックスでしょう。裏がスケルトンになっているのですよ。」
腕時計を裏返して見せてくれました。
「ほら、透けて見えるでしょう。」マスターはにやにやしながら腕時計を見つめていました。
僕は、マスターに「腕時計がお好きなのですか。」と、尋ねました。
するとマスターは、「腕時計ですか、腕時計はたくさんありますよ。えーと、アルミのジュラルミンケースに5箱ぐらい持っています。」と、言いながら、カウンターの下からそれらの腕時計の入った箱をテーブルの上に並べて見せてくれました。
「カルティエやらいろいろ。これなんかバンクリの一番高いものです。時価は、ざっと3000万円です。」
マスターは右手にそれを持って僕にまじまじと見せてくれました。
「ほら、ご覧ください。バセロンコンスタンチのこういった物でも30万から40万ぐらいの価値があります。こちらのウォルサムも安いので16万ほどします。紙幣を持っていても、この先、紙くずになるのですから何の意味もありませんからね。」と、笑いながら教えてくれました。
僕が、「それでは金塊を買っておいたほうが良いですね。」と、言うと
「金ですか、金は持っていたほうが良いですよ。金であれば純金を買っておかなくてはなりませんよ。金、銀、白金、パラジウム、天然ゴム、綿糸、大豆、コーン、小豆、砂糖、コットン、という順番に、先物取引でも金は最も安定した物件であることは確かです。」と、念を押されました。
マスターは、「ところで、あなたは、明日は早くないのですか。」と聞いてきました。
僕は、勤めている会社が不況で仕事に出る日も少ない、いわゆる無給休暇中であることや、自分が昔、僧侶を志して福井県の山奥へ修行をしてきたこと、そして、兼務寺が多く住職として働くことのできるお寺がないので、生活するためにサラリーマンをして働いている経緯をマスターに伝えました。
すると、マスターは「そうですね、たいへんそうですね。もし、あなたがお坊さんになると言われるのでしたら、悪い冗談ではなく真剣に、檀家さんの家々にいざというときのために、観音さんを純金で作っておけばどうですか。」と言われました。
それで僕は「それは、どういうことですか。」と聞くと、マスターは「お寺の規模を大きくしたりすることより、今現在ある土地は田畑として実際に活用したほうがよっぽど利口ではないでしょうか。」と、答えられました。
僕は、変わったことを言う人だと思い、マスターの話が何か、この先僕が生きて行くためのヒントになればいいと思って、もっとマスターの話に聞き入ることにしました。
お店に来て10分あまりですが、何か注文しなくてはと思い、とりあえず、「何がありますか。」と尋ねると、マスターは「当店では日本酒とワインしかお勧めいたしておりません。」と、言われるので、「じゃ、ワインをください。」と、頼みました。
地下の奥からマスターは1868.3.13と刻印されたラベルの貼られてあるボトルの瓶、白ワインと赤ワインを持って来られました。
「どちらがお好みで。」と聞かれたので、「赤をお願いします。」と答えると、マスターは栓を抜いてグラスに赤ワインを注ぎながら、「今日はせっかくのお客様です、お代はいただきません。」と言ってくださいました。
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